僭越ながら自宅でたまに絵の教室をやっている。といっても現在は二組のみで、基本的に新規は受け付けていない。教室をやる同じ部屋と机(洋間にゴザを敷いて大きな座卓を置いている)でイラストの仕事もやるのだが、イラストの仕事は資料を広げることが多く、片付けたり広げたりするのが面倒だったり不都合があったりで、ほとんどやらないようにしたのである。

 以前は希望者たちの所へ出向いて出張教室をやっていたのだが、母上の介護をするようになった後はそれが出来なかったので、うちに来てもらうようになったのだった。
一番長い10数年やっている二人がいるのだが、その一人がその人たちの友達(他の絵の教室に行ったことがある友達)にうちの教室の話をすると、先生がまったく生徒の作品に手を加えないということに驚いていたそうだ。ちなみに自分は「先生」「生徒」という意識が全くない。あえて言うなら少しでも自分の方がよく知っているからやり方などを共有しているつもりだったりする。
 だいたいの絵の教室では途中の要所要所や最後に、生徒の作品の足りない部分や直した方が良い部分に先生が手を加えることが多いらしい。その先生によって考え方があるだろうし、どのようなときにどのようにやっているのか全然知らないから、特にそれが良くないと言いたくはない。でも基本的には先生が手を加えてしまったらそれは先生の作品になってしまうという感覚がある。
 自分の教室でも、参加者の絵を見ていて「こうした方が良いんじゃないかな」と思うことはある。直したりもっと手を加えた方が良いと思ったときは、どのように直すのが良いかを伝えて必ず本人にやらせる。そうじゃなきゃ意味がないと自分では思っている。直そうと思って思い通りにならなくても、意図はわかるはずだから自分でやってこそ意味があるし、その意図を理解した上でそのままが良いと本人が思うときはその方が正しいと思うのである。本人が描いている絵なのだから本人が気に入るように描くことが一番大切であって、一般論的に「良い絵」に仕上げる方が良いとはあまり思わない。また、直そうと思ってもその技量が足らずに上手く出来なくてもやってみることに意味があるので有り、安易にこちらが直してしまって「良くなったでしょ」なんてのは正直気持ちは良くない。相手の作品に対して失礼でもあると思うのである。
 そういう所は先生がちゃんと直してあげてきちんとした作品が出来上がるように指導するべきだ、という人もいると思うが、そう考える先生はそうすれば良いし参加者もそういう教室に参加した方が良い。

 そもそも絵というのは「教える」ようなものなのかなぁ、という思いもあったりするのであった。教わらないと描けないと言うのが一般的な認識になってしまっているのが間違いなのではないかと思ったり。たとえば音楽だったら、聴くことを習うことはないだろうし、勝手に聴いて鼻歌で歌ったりなんてことは普通でしょう。絵もそんなもので良いのである。