「上手く描きたい」。これは誰でも思うことでしょう。プロでも、デッサンが上手くできないと悩む人は多いようです。まあ、そういう高度なレベルでの悩みは置いといて・・・。
 通常の初心者が見たものを「らしく」描けない場合はどうでしょう?最初に言っておきますが、視覚や体の機能の点で障害がある場合は除いて、誰でもその人なりに「目で見たものを見たように」描けます。

 学校の美術の時間、あるいは絵を教わっていたとしたら、どうしても「らしく」描けないと、先生は
 「(対象物を)よく見なさい」と言うでしょう。生徒は“よく見ている”のに描けなくて悩んでいるのですね、たいていの場合は。ここにひとつの落とし穴があります。先生が「見なさい」といっていることと、生徒が「見ている」という意味が食い違っています。
 まず、ほとんどの先生は、自分はある程度描けますから、生徒がなぜ「見ている」のに描けないのかわかりません。先生の「見る」と生徒の「見る」が違うのです。生徒が上手く描けるように指導できない先生は、おそらく自分の「見る」は「ありのままをとらえる」という詳しい説明を必要としていることに気づいていないのではないでしょうか?生徒側の「見る」は大方の場合、「確認する」という行動にとどまっています。

 このような言葉遊びのような説明では、何を言いたいのか伝わりにくいでしょう。もう少し詳しく説明します。

 (A)のような顔があったとします。それを見ながら描いているのに(B)のようになってしまうというのは良くあるケースです。こういう方は「違う」他の顔を描いても(B)になってしまうでしょう。
 なぜか?
 「ありのままをとらえて」描ける人は、ほぼ(A)のまま描けます。では(B)になってしまう人は何が違うかというと、「目」と「鼻」というものを描いています。
 ありのままに描ける人は、一応「目」とか「鼻」を描いていることは自分ではわかっていますが、「そういう形のもの」がそこにあって、目や鼻としてではなく「そういう形のもの」を描いています。
 (B)になる人は、(A)を見て、「目」があると意識します。そして「目とはこういう形だ」と頭の中で自分の持つ「目」の「パターン」に置き換えて描いてしまいます。
 要するに(A)をみても、そこに目や鼻があるのを確認しているだけで、紙のほうには自分の持つ目や鼻のパターンを描いてしまうのです。このようなパターンはだいたい子供の頃に作るようです。森を描くとき、一本一本の木のパターンをたくさんならべて描いたり、群衆を描くとき、スマイルマークのような丸い顔に目と鼻と口というパターン化された顔をたくさん描いて悩んだという経験を持つ方は多いでしょう。そのような絵もそれはそれで面白いときもありますが、問題なのは、本人は写実的に描きたいのに、そうなってしまうということです。

 ここで補足しますが、どんなにそういう先入観を排除して「ありのままに」見ようとしても、完全にありのままに見ることは不可能でしょう。生物がものを知覚する場合、視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚等で感知しますが、それを処理しているのは脳です。例えば目でものを見ると、眼球をはじめとする視覚の機能系は外部の情報を収集します。
 可視光線の範囲のもので視野に入るものはすべて収集され、脳に送られます。脳の視床下部はその情報を処理して、必要な情報に再構成して我々は「見る」事が出来ます。外部の情報をそのまま見ていることはありません。群衆の中で知っている人が浮き上がって見えたりなんて経験があるでしょう。聴覚でも、ざわめきの中で近くの人のひそひそ話しに神経を集中して、ざわめきよりもそのひそひそ話しの方が浮き上がって聞こえることもあるでしょう。実際にはおかしなことですが、脳が必要な情報を処理しているからです。もし、外部の情報をすべて我々に知覚させたら膨大な情報量で、脳は数分でパンクします。

 それでも、なるべくありのままに見て描くことは可能です。平たく言えば先入観をなくして、ものを見るのですが、簡単に体験する方法があります。漫画でいいのですが、線画を用意します。ペンなどで描かれた絵です。それを普通に模写してみてください。全部仕上げなくても結構です。今度はその見本の線画を上下を逆にして模写してください。描くのが苦手な人ほど、後者の方が上手く描けます。なぜか?前者のように普通に描くと、それが人物画だったとしたら「ココに目があって、ここが口・・」などと知識が働いてそれにとらわれて、パターンで描こうとします。逆さまにすると、確かに目や鼻の存在はわかりますが、あまりに見慣れないものがそこにあるため、そういう判断を脳があきらめるようになります。いわゆる左脳が働かなくなります。そして、そこにある「線」を観察して、それを描くようになります。

 この辺りの詳しいことはB・エドワーズ著「脳の右側で描け」(エルテ出版)に載っています。理論的なことから細かい課題まで載っていますから、読破して課題をこなす根気があれば効果の出ない人は皆無のはずです。著者はアメリカで長年にわたり生徒に自分の理論と方法を試して改良、実施して、目覚しい実績(効果)を上げています。事実自分の教室で、希望者がある場合は少人数限定(集中が必要なので)でこの本に基づいて少々簡略して行うことがありますが、効果のでなかった人はいません。余談ですが、この本は今から十数年前に別の出版社から初版が出てそれなりに反響がありました。ところが本のあとがきにも書かれていますが、日本の美術界からは黙殺されています。能力開発、特に右脳の開発などのワークショップなどでは積極的に取り入れられていますが、美術界は反応がないというより黙殺されているようです。なぜなのかはココで書くのもばかばかしい理由だと思います。

ココに書いたことは、読みにくいしわかりにくい、ということがあると思いますので、時期を見て(やる気になったら)改訂したいと思います。